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あけましておめでとうございます2013

2013年01月05日 雑記
あけましておめでとうございます。
今年の目標は「去年より多く作品を描く」です。
毎年毎年鬱陶しくて申し訳ないですが、今年も生暖かくよろしくしていただけると幸いです。

ところで昨日『ハウルの動く城』を初めて最初から観ました(テレビで)。

今までよく内容を知らなかったので、ハウルの「なんかキラキラしたものがゴチャゴチャと詰まってる部屋(ベッドルーム?)」のことを、鴉がキラキラしたものを集めちゃうようなもの、或いは、子供がキラキラしたガラクタを集めて秘密基地を作るようなもののように思ってました。

私のお友達で、自分の好きなものをたっぷり詰め込んだ夢のような部屋を持っている人がいるんですが、シックにキラキラしている感じはハウルの部屋っぽいのでした。そしてそれは彼女が作る物語の世界観にそっくりで、まるで彼女の脳内世界をそのまま映したようでもありました。

そんなこともあって、私はハウルの部屋を「空想好きの脳内みたいだなぁ」とも思ってました。

キラキラした大好きなものばかりを集めた、居心地のいい「脳内部屋」。
私には描くあてもないネタを脳内で一日中上映するという趣味があるんですが、あの脳内空間がまさにコレだと思ったのです。

ところが昨日観てたら、ハウルの部屋に詰め込まれていたキラキラは「好きなものの集合」ではないようで。
「ここにあるのは全部魔除けのおまじない」「僕は魔法使いが怖いんだよ」みたいなことを、ハウルさんがボソボソ言うんです。
なんというか。

つまりなんですか。私の「脳内の空想部屋説」に置き換えると、
大好きで居心地のいい「空想(魔除け)」を張り巡らして「結界」を作り、その脳内にひきこもって現実から「逃げる」…。
いうなれば逃げのハウルの「ダメ部屋」。

ところでハウルには「未来で待ってて」くれたソフィがいたのでダメから脱出できたわけですが、待っててくれる人がいない場合はどうなるんでしょう。
昨夜からそれが気になって仕方ないので、私の最愛のウシャ(うさぎの小型抱き枕)に訊いてみようとも思ったのですが、勇気が出ません。
なにせウシャ(小型抱き枕)は途中までとても楽しそうにハウルを観ていたくせに、だんだん口数が少なくなっていって、最後には「判ったような判らないような」と、かなり冷たく呟いたのでした(私じゃなくウシャが)。

そんなの、ハウルがイケメンで、お城のフォルムがカッコイイのを免罪符に、全て許せばいいじゃないですか。
それに『もののけ』とか『千と千鶴』に比べたら、ぜんぜん判りやすいじゃないですか。
だいたい、ラブストーリーはこの世の正義なんですよ!

しかし勇気を出して
「未来で待ってる人がいない脳内ヒキコモリはどうすればいいの?」
と訊いたところで、
「好きにしろ」
という答えが返ってくるのは、私がベテルギウスの超新星爆発を見られるより確実です。

と、ここまで書いて、自分をハウルに投影するからダメなんであって、ソフィに投影すれば打開策があるのでは、ということに気が付きました。
ソフィのくらった「老婆化の呪い」というのは、ソフィの「あたしなんて一度も綺麗なことなかったし、ダメ、イケてない、お婆さんよ」という自己否定の思い込みから来ていたわけですよね(という解釈でいいんだよね)。
つまりこれを私に置き換えれば、「私は天才、サイコー、世界で一つだけの花じゃなくて、世界で一番! いや宇宙で一番!」と自己肯定することによって、ヒキコモリの呪いから解けるという……!

と、ここまで書いたところで、「でもハウルがいないよね」ということに気が付きました。
だからジブリなんて……。

新年早々ションボリするのもアレなので、ウシャ(抱き枕)ほか私の好きなものが適度に詰まってるベッドルームに逃げようと思います。

ちなみに私のリアル部屋は、「他人が自分チのように錯覚することがままある」だけが取り柄の、何のポリシーもない庶民的な空間です。
リアル部屋が必ずしも脳内を反映するわけではない、というのは私のマンガをもって証明できるはずです。
「だから私は脳内部屋にいたほうがいいのだ」という自己肯定をして、今年を始めようと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
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